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日本最古の城 丸岡城情報館
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平成20年丸岡城桜の見ごろ
4月6日(日)
朝から好天気。桜の花が一気に開き4日にまだ三分咲きでしたが、満開になりました。 今が見ごろです。
桜祭り(4月1日〜20 日迄)開催中 丸岡城(別名霞ケ城公園) 桜の名所100選の同公園を中心に、ソメイヨシノなど約400本の桜の下、さまざまなイベントを行う。
毎年4月1日午後6時、天守閣広場に設置したぼんぼり約300個の点灯式が行われて開幕。期間中、城と桜のライトアップも行われます。夜空に浮かび上がった桜もまた、見ごたえ十分です。 |
丸岡城の桜 平成20年4月8日撮影 満開です。
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平成20年一筆啓上賞
福井県坂井市の丸岡町文化振興事業団は3月6日、第5回「新一筆啓上賞」の入賞作を発表した。今回は、国内外から過去最多の3万7723通の応募があった。
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平成20年一筆啓上賞は「日本一短い未来への手紙」がテーマ
大賞は、愛媛県四国中央市の会社員、松永佳二さん(54)の 「50年先の未来の名医へ 今すぐ、タイムマシーンで 、 妻 を 助 けに来て下さい」など5作品。松永さんは、乳がんを患う妻(54)を思う気持ちを込めた。
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丸岡城の桜
現在、城郭一帯には、四百本のソメイヨシノ桜が植えられ、毎年4月の開花時期にその別名霞ヶ城の名にふさわしく、花の霞に浮立つ古城の眺めは一しお旅情をそそるものがあり、県下の景勝地として有名です。
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桜の名所100選 に選ばれています。 平成20年4月8日撮影
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現在は天守閣があるだけだが、当時は長さ100間余に及ぶ広々とした堀や本丸、二の丸などの各郭があり、二の丸御殿や大手門、不明門などの数多くの建物からなっていたことが分かる
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| 丸岡城は、柴田勝豊(勝家の甥)が天正四年(西暦1576年)北ノ庄城(福井)の支城として築城したお城で(別名、霞ヶ城)、この現存する天守は日本最古を誇っており、城郭建築史上の重要な遺構とされており、国の重要文化財です。
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屋根が珍しい石瓦でふかれた。
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天守閣石垣のそばには、徳川家康譜代第一の功臣で鬼作左の勇名をとどろかせた本多作左衛門が家族にあてた手紙「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」の碑もあります。
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一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせの碑。
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平成5年から行われている一筆啓上賞は日本一短い手紙文。
平成15年からは「日本一短い手紙から日本一小さな物語へ」とテーマを定め、「新一筆啓上賞」として心のこもった短い往復書簡を募集している。 全国より寄せられた日本一小さな物語は4月1日桜祭り開幕と同時に天守閣近くに貼られる。
平成20年一筆啓上賞は「日本一短い未来への手紙」の作品は4月1日桜祭り開幕と同時にこの場所に貼られる。
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「新一筆啓上賞」作品は天守閣近くに貼られる。
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丸岡城の伝説『お静の涙雨』
一度ならず三度と崩れ落ちる石垣に、ついに人柱を立てることになった。そこで選ばれたのが、美しい生娘でなく、お静という夫に先立たれた後家。しかも、二人の子持ちのうえ、片眼を失明していた。 お静は、二人の息子を侍に取り立てることを条件に、石垣の底奥深く埋められた。お陰で石垣積みは見事に完成し、その上に天守も立った。 だが、お静の約束は、果たされなかった。 お静の怨みは、やがて亡霊となり、その姿は片眼の蛇となって城の井戸深く棲みつくようになった。そして時折現れては、恨みごとを述べたという。今もその井戸は、本丸跡に『蛇の井』と呼ばれて残っている。 また、お静が人柱に立たされた四月中旬になると、きまって長雨が降り続き、これがまた、誰いうことなく『お静の涙雨』と呼ばれるようになった。
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 お静の慰霊碑
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平成20年丸岡城の桜は、花の霞に浮立つ古城の眺めは一しおでした。
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丸岡城への交通・アクセス
交通 JR福井駅から本丸岡行き京福バス「丸岡城」下車すぐ
北陸自動車道 丸岡ICから車で5分
駐車場 無料 普通車150台 大型バス10台 時間 午前8時30分〜午後5時
問合先霞ヶ城公園事務所 TEL:0776(66)0303 |